MADE IN ブラザーズ始動!

アメリカ再訪ネタを執筆中なんですが

 

その前にどうしてもブログに残したい事を。


我らアメリカ農業研修生同期は

 

日本中に100人ほどいます。

 

今年で帰国20年です。

  

みんな農業でも、他分野でも活躍していまして

  

仲間の活躍が刺激的で

 

誇りです。

 

僕も就農して、今年で20年を迎えます。

  

松井秀喜世代、s49年生まれの寅年

 

僕たちは現在42才。

 

あっと言う間

 

一瞬で過ぎた20年でした。


僕が農業やってて幸せだと思う時は

 

色んな場面で訪れるのですが

 

広大なアメリカで共に戦った仲間たちが

 

石原果樹園へ訪れてくれたりすると

 

泣けるぐらいに感動します。

 

『俺たち何も分からない大地で

 

汗水流して戦ってたのに

 

日本でもみんな頑張って

 

家族が出来て

 

可愛い奥さんと子供さんと

 

果物狩りに来てくれる。

  

この仕事しててホント良かった』って。


そんな仲間に恵まれた僕が

 

一番尊敬している農業者が

 

岐阜県の原木しいたけ農家

 

しいたけブラザーズの

横田千洋です。

https://youtu.be/xfkNDJhWZ50
 

彼の真っ直ぐさ、正しさは、優しさは

 

ホント凄くて

   

特に愛知や岐阜の中京方面では有名人で

 

一般の農家なのに

 

『一緒に写真撮って下さい』と 

 

声かけられたり。

   

僕たち農家は

  

人の命や生活

 

コミニケーションの為に生きるという

  

有形では無い 

 

大きな役割を担っています。

 

そういう気持ちが横田とはよく合います。

 

男の中の男、天然なトコもあって

 

『ドラゴンボールの孫悟空』 って

  

僕の勝手なイメージです。笑


一昨年には彼の夢の一つだった

 

本も出版されたので、是非皆様に読んで頂きたいです。

 

ドラマチックで感動します。

 

漫画スラムダンクのストーリーモデルの

 

一人という

 

ホントアツイ男です。

 

そんな彼が今年

  

しいたけブラザーズから分社化して

 

独り立ちしました。

  

 その名も

 

MADE INブラザーズです。 

 

ロゴも自分で考えたそうで

 

日本を背負う感じで

 

彼の覚悟が伝わります。

 

しいたけブラザーズは皆さん子沢山ですし

 

将来を考えての新しい挑戦です。

まだウェブサイトもありませんが

 

直ぐに広がっていきます。

 

彼の原木しいたけは、品質が突出していまして

 

帝国ホテルや三つ星レストランなど

 

すでに飲食業のお客様がとても多いので

 

一般に広く販売出来るのには

 

時間がかかるかもしれませんが

 

直売所も準備しています。

僕は政治家にならなくても

 

人の心

 

体を

 

芯から支える農業で

 

世界をより良く変えていけると信じています。

 

農業だから出来る事

 

農業じゃないと出来ない事ばかりです。

  

彼の真っ直ぐさが

 

更に日本の為に

 

広がっていく事を

 

楽しみにしています!

お久しぶりです。

ブログではお久しぶりです。

石原果樹園、栽培農繁期です。

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毎日スタッフみんなで、ぶどうと梨と闘っています。

今年のぶどうシーズンは7月16日オープンが目標です。

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デラウェアーも大きくなってきました。


アメリカに3月13日に旅立って以来、この二か月間とても濃い日々でした。

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自分の人生観もまた変わりました。

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本当に多くの皆さんにお世話になりました。


先週末は日本の第二の故郷、熊本へ行ってきました。

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親友を訪ねて

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そして友人の住む、震度7の益城と

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南阿蘇村へも行ってきました。


誰しもその人しかない人間関係があります。

日本でこの内容を書けるのは僕だけですし

ほんの少しでも、世の中の為になればと思います。

愛するアメリカと熊本へ想いを込めて

次回から『アメリカ&熊本編』

全30話近く

果樹園が始まる7月中旬までに書ききれたらと思います。

書けるかなー。。(^^;

2011年3月11日の事。

いよいよアメリカ再訪が来月に迫った。

チケット、レンタカー、国際免許、ESTA申請、お土産。

準備も着々と。

5年ぶりのアメリカ。楽しみになってきた。

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5年前のアメリカ。

2011年3月11日

僕はその日をカリフォルニアの西海岸

サンルイスオビスポで迎えた。

その時もアメリカの再訪問の日々を楽しく過ごしていた。

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突然

インターネット、テレビから流れる

映画のような現実感が無い映像。

テレビでは日本人留学生のインタビュー。

津波がどう襲ったかの3Dでのニュース映像。

日本がここまでアメリカのテレビで

注目されたのは初めて見た。

『日本はどうなのか?岡山はどうなってるのか?』

強烈な心配が襲ってきた。


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11日の朝、先生夫妻と近くの海岸へ向かった。

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アメリカの西海岸線へも来るかもしれない

津波に警戒してヘリコプターが飛んでいた。

モロベイという美しい場所。

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多くの人が集まって海を見ていた。

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海岸線が引いて、船が底をついていた。

『こんな光景は見たことない』

アメリカの先生は言っていた。

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これからアメリカにも大津波が来るかもしれない。

その午前中は海岸近くが立ち入り禁止になった。

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近くの見渡せる海岸では大きな波が来ていた。

そしてすでに近くまで波が来た跡があった。


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サンドイッチ屋さんでのニュースも

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もちろん新聞も

どこへ行っても日本の震災の事ばかり。

当時も始めたばかりのFacebookで

アメリカの農業を派米研修同期の友人へ発信してた。

でも3月11日から何も書けなくなった。

アメリカ友人と再会して幸せでも、それを書いていいのか。

もちろんモヤモヤして、心から楽しめなかった。

俺はアメリカを楽しんでる場合じゃなくて

募金活動をするべきなんじゃないかって。


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会うアメリカ人全ての方が

『I’m sorry』

『日本では地震と津波があって。多くの方が犠牲になって

お気の毒に。あなたの家族は大丈夫❓』

と言って下さった。

『僕のホームタウンは日本の西側だから大丈夫です。ありがとう。

16日に帰国します。日本がどうなっているかとても心配です』

と何度も何度も答えた。


3月16日。

帰国する当日の朝。

心友ケーシーの家で朝食前にお祈り。

小さな女の子エマが祈ってくれた。

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『日本では地震と津波があって、とても大変だけど

少しでも大切な命が救われますように』

三人で輪になった手をグッと握った。

きっとアメリカのあらゆる場所

世界のあらゆる場所で

日本への祈りがあるんだと感じられた。


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帰国して、岐阜の心友しいたけブラザーズの横田千洋が電話してくれた。

『イシハラ!お前アメリカで大丈夫だったのか!』

『イヤイヤ、俺が一番安全な場所にいたっちゅうねん。

横田はみんなは大丈夫か?』

他にも何故か仲間が心配して何人も電話してくれた

みんなホントありがとうね。


原発に近い栃木の牧場の後輩も無事だったけど

とても大変な状況だった。

いざというときに溜めていた物資で

周りの農家みんなを助けてあげていた。

僕も少しばかりの物資を送った。

みんなでFacebookや電話を活用して日本中にいる

アメリカ農業研修同期生の無事が分かった。


あれから5年。

やっとその日の事が書ける気持ちになった。

アメリカにいたからこそ、感じた多くの事。

忘れちゃいけない。

世界の人の温かさを。

忘れちゃいけない。

どれだけ日本が愛されているかを。

そして

これからもずっと

世界から愛される

日本でありたい。

春山君との出会い Part2 -アメリカ農業研修紹介編-

なぜ海外農業研修なのか?

って事なんですが

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『日本で生きていくんだから、農業の勉強は日本ですればいいじゃない?』

『海外を知る前に日本を知らないといけない』

そう言われる方もいらっしゃいます。

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でも自分の知らない言葉で

しかも農業という、命を作る特別なプレッシャーを毎日感じるって事は

決して日本ではできません。

英会話、異なる文化、景色。仕事への取り組み方。

海外へ行くと、全てが日本と違います。大自然も力を与えてくれます。

『若者を急激に成長させる、日本の為の広い視野をもたせる』

てっとり早い方法が、やるしかない状況に自分を追い込む

『大きく環境を変える』って事だと思います。

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そして『挑戦=出会い』だと思っています。

外へ挑戦するからこそ

新しい出会いがあって

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多くの皆さんの人柄が、自分の中に吸収されて

『出会ってきた人の魂が宿っている自分』が

出来ていきます。

これはその場へ行って出会わないと

決して身に付きません。

日本は他の国と接していない、島国です。

海外の情報もとても少ないです。

インターネットの情報なんて、ほんの少ししかありません。

現地に行くと知らなかった事ばかりです。

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基本的に『外国人がアメリカで働く』って事は、簡単には出来ません。

世界の多くの人がアメリカを目指します。

アメリカは国内の貨幣の流出を防ぐためにも

外国人をアメリカで働かせないように、厳しい仕組みを作っています。

僕たちJAEC海外農業研修生も、アメリカ大使館で面接を受けて

一生に一度しか使えない特別なビザを使って渡航します。

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しかもアメリカの人は、頑張る力、挑戦力がとても強いんです。

フロンティア精神。田舎でも町の風景がドンドン変化してきます。

『大切なのは、子供・お年寄り・女性』とハッキリしていて

家族ぐるみで、子供たちをサポートしまくります。

そして周りを大切にする男を、大切にしてくれます。

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そして海外に挑戦したすべての研修生が言います。

『日本人ってだけでこんなにも信頼して頂けるんだ。

日本がどんなに凄い国かよく分かった』

海外へ挑戦するからこそ

日本どんな国かよく分かります。

日本人の先人皆さんの挑戦あってこその信頼です。

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外から日本を見たからこそ

日本でどう生きていけばいいか、視界が拓けます。

同じ農業をやるにしても、大きな経験を持った人は

その後の広がり、可能性が違います。

そして次の世代へ新しい道を築けます。

僕たち農家だけでなく、同期の海外農業研修生はあちこちの分野で活躍しています。

『若い頃の経験は買ってでもしろ』って、ホントその通りです。

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僕は農業研修を終えて、19年経ちましたが

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今までに何度もアメリカを訪れて

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人間関係を持ち続けてきました。

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まあアメリカが好きなんです。

数年経つと、我慢できなくなるんです。

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僕は現在、JAEC岡山県国際農業交流協会の

副会長をさせて頂いています。

http://www.jaec.org/

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そして自分の築いた人間関係で

『日本の若者を海外農業研修へ挑戦させよう』が

今のライフワークです。

若者が大きな経験を持つことによって

『農業から世界を変えていく事ができる』と強く信じています。

全国で1万5000人。岡山にも多くの卒業生がいます。

そして皆さんとても活躍しています。

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いい仲間に囲まれて、みんなで活発に活動しています。

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『みんなが海外農業に挑戦したら、日本の農業は変わるよ』

『最初から英語を話せる人間はいない。

自分の可能性は自分で切り拓いてくしかないよ。

農業で故郷を守っていこうと思えば

自分に攻めていくしかない』

と、学生たちに伝えています。


そして今現在、JAECの活動とは別で

僕は独自に若者をアメリカへ挑戦させています。

JAECのアメリカ研修は19カ月と長く

最初の費用もまあまあかかります。

農業って一年を通しての仕事なので

もちろんJAECの長期研修がおすすめです

が、長期間挑戦できる若者ばかりではありません。

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アメリカは旅行ビザで3カ月間滞在することが出来ます。

費用も抑えめで挑戦できます。

無報酬で働かせて頂いて、その代わり食べるもの、住むところを提供して頂く。

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石原果樹園のスタッフや研修生の中で

自分を成長させたい、強い想いがあるメンバーを

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僕がアメリカでお世話になった

恩人皆さんにお願いして、お世話して頂いています。

アメリカに住まれる日本人皆さんは

それぞれ大きな苦労をされてきた方ばかりです。

ホスピタリティー、奉仕の精神がとても強く

若者の挑戦を温かく歓迎して下さいます。


その石原果樹園初の

短期ファームステイ研修生が

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春山君&山田君なんです。

彼らは人間味に溢れてて、頑張り屋さん。

とてもいい印象をアメリカの皆さんに残してくれました。

いつも新しく挑戦する子に

『春山君と山田君が築いたハードルは高いから、みんな更に頑張れ』とエールを送っています。

彼らの経験したアメリカファームステイ。

また長くなったのでPart3へ続かせて頂きます。

今回は僕の話ばかりですみません。。(^^;

春山くん、ブラジルへ農業研修に出発!彼との出会い。Part1

2016年1月5日

石原果樹園の春山真高はブラジルへ

2か月間の農業研修へ旅立ちました。

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彼がとてもお世話になっている日本大学の教授のコーディネートで

ブラジルのペトロリーナへ!

日本の国土の22.5倍あるブラジル!

そのブドウ&マンゴー輸出の9割以上を担っている、一大産地です!

そして日系の皆さんががんばってフロンティアを築いているらしいです。

とにかく頑張ってこい!


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2015年の6月から石原果樹園の一員として

頑張ってくれてる春山君。

フルーツお兄さんとして

初めて現れてくれた僕の右腕として

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お客様にも愛されて

八面六臂の活躍を見せてくれています。

僕はよく春山君の事をお客様にも聞かれます。

『新しいあの子は笑顔がいいねー』とよく仰って頂きます。

彼は岡山農業界で必ず躍進してくれます。

彼との出会い、今までの事を書かせて頂きます。


彼との出会いは2011年でした。

当時、岡山の『農業を熱く語ろう』ってイベントがありました。

お隣の瀬戸内市と日本大学&近畿大学を中心に

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『夏休みに岡山で1週間農業体験をする』って企画でした。

僕がそのポスターを市役所で見つけ

『オイオイ、俺をほっといて熱く語るんかい?』ってな事で

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石原果樹園も学生の受入れを数年間しました。

そして2011年9月9日、日本大学から岡山にやってきた春山君と

僕は出会いました。

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最初に会った瞬間から

『ああ、この子はなんてポジティブなパワーを持った

真っすぐな子なんだ』とすぐに気づきました。

先を読んでメチャクチャ気が利くんです。

そして人との距離感の取り方が凄く上手かったんです。

初めて農業経験をするときって、積極的にしないといけませんが

『間違ってもいいから、積極的にやろう』と思える子でした。

不器用でも間違ってても積極的にやるって事が

早くその人を成長させますし

ボスから見てもそのぐらいが丁度いいんです。

研修生時代の自分を見ているようでした。

そして笑顔で頑張ってくれました。

たしか紅かおりの下にシルバーシートを敷かせたんです。

そしてその時の学生さんには

『仕事だけは他の農家さんでもできる。俺しか話せない農業の意味を教えよう』と

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僕は学生を軽トラの荷台に乗せて

石原果樹園農業ツアーに連れ回してました。

そしてアメリカ農業研修についても説明しました。

『がんばればJAECで長期間海外農業研修へも行けるし

俺がアメリカの皆さんにお願いして、短期でファームステイも出来る』

その2011年に僕はアメリカを再訪して

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偉大な西大寺高校の先輩吉永さんに

『いい若者がいればアメリカファームステイを

コーディネートしてやるぞ』とお言葉を頂いていました。

僕がアメリカへ挑戦したからこその繋がりで、そのお言葉がとても嬉しかったんです。

IMG_0588そして農業体験の打ち上げの時に、春山君は僕に近づいてきて

『イシハラさん!俺アメリカへ行きたいっす!』と心から言ってきました。

『マジか。よっし!じゃあそれまでしっかり頑張ろう!』と

海外農業に挑戦する心構えを伝え

僕もアメリカの皆さんへの連絡をスタートしました。

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出発まで『農業研修生たるもんはこうあるべきだ。こう準備しろ』と

横浜に住む春山君に体力、英語の厳しいプレッシャーを与えました。

僕がその準備期間に驚いたのは、春山君のご両親でした

何度も何度もお礼の電話、近況を報告して下さいました。

お父様は

『私も海外に挑戦したかったです。

息子にそんなチャンスを与えて下さってありがとうございます』

お母様は

『真高はアメリカへ行くことが決まってから、見違えて本当にがんばっています。

アメリカの皆さんに繋いで下さってありがとうございます』

『いやー僕はアメリカの皆さんにメールしてるだけですから

全く気にされなくて大丈夫ですよ』と伝えても

とても丁寧に、会ったことも無い僕に

何度も何度もご連絡を頂きました。

『あー春山君のご両親は、僕たちががどう準備しているか見えるんだ。

とても感謝と愛に溢れて、人を大切にされてるんだ。

だから彼はあんな素直で真っすぐなんだ』と

ご両親とお話しさせて頂いて、よく分かりました。

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そして2012年2月。

日大同学年の山田君とともにアメリカへ挑戦しました。

長くなるんで、Part2に続かせて頂きます。