ケーシーの事1999

SONY DSCこれからしばらくケーシーファミリーの日本滞在記を書かせて頂きます。

しばらく書く前に

ケーシーの事、僕たちの出会い、今までを

ながなが~と書かせて頂きます。

ある意味、世界の中心にいる、あまりに特別な存在の彼。

そして最高にイイヤツです!

きっと彼の事を詳しく書けるのは、日本では僕だけですので

彼の存在を示すのも、僕の使命だと!

ホントに長いので、音楽でも聞いて頂きながら見て頂ければ幸いです。

それでは今回はケーシーの友達でもある、グラミー賞歌手の曲を。

曲名もちょうどいいかと☆

tobyMac  -Speak Life- 

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ケーシーと僕との出会いは1997年。今から17年前。

California Polytechnic State University

通称Cal Polyって、カリフォルニアの大学で出会いました。img065

アメリカで農業研修中の僕が、大学で勉強をしていた時です。

先輩から『カリフォルニアの大学には日本語の授業がある。そこで友達を作ればいい』と事前に聞いていましたので

授業が始まるその日、僕は早めにクラスに入って、『アメリカ人の友達を作ろう!』と、良さそうな人を待ってました。

そして教室で彼を見つけた瞬間!

『彼がいい人そうだ!』と

ビビっときた僕は!他の日本人の研修生に

『彼の隣を渡すものか』の勢いで、空いていた彼の前の席に座りました。

『初めまして、俺はナオキって言います』

『僕はケーシー。ケーシー・リーマー』

そこから僕たちの物語は始まりました。

『ケーシーはなんで日本語を勉強するの?』

『僕はゴルフが好きで、将来はプロゴルファーになって

ゴルフの世界で生きて行こうと思っている。

ゴルフ界は日本人も多いから、必要だと思って』

『ナオキはゴルフするかい?』

僕は小学生の事に田んぼでゴルフをしていて、コースは周ったことありませんが、ゴルフが好きでした。

『うん、ゴルフ好きだよ。コースは周ったことないけど、ライスフィールドでよく遊んでた』

『じゃあ一緒にゴルフしようぜ!ナオキが日本語を俺に教えて、俺が君に英語を教えるから』

そんな感じで僕たちは出会いました。

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そしてケーシーと何度も何度も僕はゴルフをしました。

ケーシーと二人きりや友達も一緒に。ゴルフでの思い出も書ききれません。

 

アメリカのゴルフ場は、場所によってとても安く

20ドルぐらいでラウンドできます。

お金の無い学生の僕たちは、安いゴルフ場、クーポンでメキシコ料理が定番でした。

いざケーシーと一緒にゴルフをすると、まあ上手い!

70台でラウンドするのが普通です。

すでにケーシーはペブルビーチなど、カリフォルニアの有名なゴルフ場で働いてきた経験がありました。

僕はヘタッピでしたが、97で一度もボールを無くさず周れたのが最高でした。

 

『ゴルフは紳士のスポーツ』

よくそう言われますが、それをケーシーから体感させてもらいました。

ゴルフをすると、どうしても芝生に穴ができるんですが

ケーシーは自分だけでなく、人の作った穴も直す直す。砂まくまく。ゴミ拾う拾う。

メッチャいいヤツです。

 

そしてど素人の僕に、細かいマナーもいっぱい教えてくれました

今でも彼と一緒にプレーすると、彼の気遣いに驚かされます。

心遣いの素晴らしいケーシーに会う度にいつも思う事がありました。

『ケーシーは素晴らしい日本人よりも日本人らしい』

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僅か三ヶ月間のカリフォルニアのサンルイスオビスポでしたが

ここでの経験は僕の人生観を大きく変えました。

素晴らしいホストファミリー、そして最高の心友ケーシーに出会って

夢のような日々でした。

『またここに帰ってきたい』と強く思いました!

そして1997年6月に2年間のアメリカ農業研修を終えた僕は

日本に帰国しました。

僕たちのJAEC海外農業研修は恐ろしい程に大変な研修です。

これは経験した仲間にしか分かりません。

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とても大きな農場で、分からない英語やスペイン語を駆使して

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一生懸命働いて、日本農業代表として自分の立場を築いていく。

そして得られるものはとてつもなく大きい。

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それが日本中の同期生、アメリカの皆さん

そして世界で活躍する先輩後輩たちです。

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その後4回、僕はアメリカを再訪しました。

行く場所はいつも定番で、働いていたワシントン州のGebbers Farms

そしてカリフォルニアのホストファミリーとケーシーに会いに。

ケーシーは会う度に立場が変わっていました。

1999年にはプロゴルファーになって結婚。

新しいゴルフ場で働いていました。

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そして2002年。

僕はアメリカへ行くときに、ケーシーと連絡がつかずにメッチャ困りました。

仕方なく、以前働いていたゴルフ場に電話しました。

当時日本で僕はあまり英語を使う機会が無かったもので

アメリカへ電話するのはメッチャ緊張!

『もしもし私は日本から電話しています。友達のケーシーを探しています

『ケーシー?知らないわね。ちょっと待ってね』

知らないとはマジかー!!オイオイ!

そして人が変わって

『ケーシーは僕のボスだったよ。彼はサイプレスポイントってゴルフ場に行ったんだ』

『もしよかったら、そこの電話番号教えて頂けますか?』

とても親切に対応してくれて、電話番号を教えてくれました。

そしてまた緊張して、サイプレスポイントに電話。

『日本から電話しています。僕はケーシーの友達で、彼を探しています』

『ケーシーは私のボスです。ちょっと待ってね』

イチイチ緊張するぜ全く!連絡先を教えないケーシーのせいだ!と

ぶつぶつ思ってたら

『ハーーイ!!ナオキー!!』

日本から連絡する友達は、俺ぐらいしかいない感じで。

良かった~!!ホント君の声を聴いてまた会えるぜよ~。。

ケーシーって、天然ってか、抜けてるところがあって

ったく!きちんと連絡先を教えろー!と散々思わせてくれます。

USA2002 (274)そして2002年。

僕たちはカリフォルニアで再会。

サイプレスポイントクラブで働き始めたケーシーには

カワイイ赤ちゃんが出来てました。

 

ちょっと26時半過ぎて、遅くなったんで寝ます。

続きは明日!ぐらいに。。書きます!